トップ14 · 2026-27

Stade Français Paris

順位表 6位6試合 · 3勝 · 0分 · 3敗得点 147 – 失点 158
トップ14での直近の成績LLWLW

Stade Français Parisについて

Stade Français Paris — クラブカラーで描いたイメージ
クラブカラーで描いたイメージ
創設
1883
本拠地
パリ
グラウンド
Stade Jean-Bouin
クラブカラー
公式サイト
stade.fr (新しいタブで開きます)

主なタイトル

  • フランス王者 · 14

    1893, 1894, 1895, 1897, 1898, 1901, 1903, 1908, 1998, 2000, 2003, 2004, 2007, 2015

  • ヨーロピアン・チャレンジカップ · 1

    2017

主な選手・指導者

  • C. Heywood — リセ・ビュフォンの英語教師。クラブ初のスタンドオフ兼主将で、1892年の第1回決勝でラシンに敗れた
  • Max Guazzini — 1992年から2011年までクラブを率いた。1995年の合併、5度の優勝、ピンクのジャージ、カレンダー「デュー・デュ・スタッド」
  • Diego Domínguez — スタンドオフ。イタリア代表74キャップ(アルゼンチン代表2キャップ)。1997〜2004年在籍、最後の試合は2004年の決勝
  • Christophe Dominici — フランス代表ウイング。1997〜2008年在籍。5度のフランス王者、2004年の決勝ではドロップゴールを決めた
  • Fabien Galthié — スクラムハーフ。64キャップ、2003年W杯でフランス代表主将。2003年の優勝で現役を退き、監督として2007年の優勝に導いた。2020年からフランス代表ヘッドコーチ
  • Agustín Pichot — アルゼンチン代表スクラムハーフ・主将。2007年の優勝時にクラブ主将。2016〜2020年ワールドラグビー副会長
  • Sergio Parisse — ナンバーエイト、イタリア代表主将。イタリア代表最多の142キャップ。2005〜2019年在籍
  • Radike Samo — オーストラリア代表のフォワード。2007年の決勝(対クレルモン)で途中出場し、決勝トライを挙げた

歴史

スタッド・フランセは1883年12月12日、パリのカフェ・プロコープで、リセ・サン=ルイの生徒6人によって誕生した。当時流行していた英語風の名を持つクラブや、数か月前に創設されたラシン・クラブ・ド・フランスと一線を画す名前を選んだ。1892年の第1回フランス選手権決勝でラシンに敗れたが、翌1893年に初優勝し、1908年までにさらに7度頂点に立った。1992年にマックス・グアッツィーニが経営を引き継いだ時には、本人の言う「5部」にまで沈んでいた。1995年、ラグビー部門がCASGパリ(1903年創設)と合併してスタッド・フランセ・パリとなり、ジャン・ブアンを本拠とした。1部復帰後は1998年から2007年までに5度優勝し、ショーアップした試合演出や、2005年からのピンクのジャージで知られるようになった。2015年に14度目の優勝、2017年には初の欧州タイトルとなるチャレンジカップを獲得。その数週間前には、ラシン92との合併計画が選手のストライキを受けて撤回されていた。2013年から改築されたジャン・ブアン競技場を本拠とし、2017年からはハンス=ペーター・ヴィルトがオーナーを務める。

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