チャレンジカップ · 2026-27
Castres Olympique
次の試合
チャレンジカップの次の試合はまだ発表されていません。
結果
Castres Olympiqueについて
- 創設
- 1906
- 本拠地
- カストル
- グラウンド
- Stade Pierre-Fabre
- クラブカラー
- 公式サイト
- castres-olympique.com (新しいタブで開きます)
主なタイトル
フランス王者 · 5
1949, 1950, 1993, 2013, 2018
主な選手・指導者
- Eugène Agert — 1906年、27歳で初代会長に。百貨店「ダム・ド・フランス」の支配人だった
- Jean Matheu — 1946-47年に加入した代表選手。1948〜50年の「栄光の3年」への躍進を後押しした
- Jean Pierre-Antoine — 1949・50年の優勝チームのロック。選手権最優秀選手に2度選ばれた。ガイヤック出身。2017年まで競技場が彼の名を冠していた
- Pierre Fabre — 製薬会社ピエール・ファーブルの創業者。1980年代末から2013年に亡くなるまでクラブを支えた。2017年から競技場が彼の名を冠する
- Pierre-Yves Revol — 1980年代末にピエール・ファーブルが会長に指名し、2026年も在任。1993・2013・2018年にフランス王者
- Francis Rui — 長年チームを率いた伝説的主将。2001年に亡くなり、競技場のスタンドの一つに名が付けられた
- Laurent Labit & Laurent Travers — 2009〜13年の指揮官コンビ。2013年の決勝でトゥーロンを破り優勝
- Christophe Urios — 2015年6月に監督就任。2018年、スタッド・ド・フランスでの決勝でモンペリエに29-13で勝ち優勝
歴史
カストル・オランピックは1906年、市内のコレージュの卒業生たちがカフェ・オルミエールに集まって創設した。初代会長ウジェーヌ・アジェールは27歳だった。1920年代からはビセウス地区のスタッド・オランピックを本拠とした。「栄光の3年」は1948年のフランス杯に始まり、ロックのジャン・ピエール=アントワーヌを中心に1949年(決勝の相手はスタッド・モントワ)と1950年(同ラシン)にフランス王者となった。1956年の急逝後、競技場は彼の名を冠した。1980年代末、グループBにいたクラブは製薬会社ピエール・ファーブル創業者のピエール・ファーブルに支援を求め、ファーブルはピエール=イヴ・ルヴォルを会長に据えた。1989年にグループBで優勝、1993年には決勝でグルノーブルを破ってフランス王者となり、以後1部の座を守っている。1995年の決勝ではトゥールーズに、1997年と2000年のチャレンジカップ決勝でも敗れたが、2013年の決勝でトゥーロンに19-14、2018年にモンペリエに29-13で勝利。2014年と2022年の決勝は敗れた。2017年から競技場はスタッド・ピエール・ファーブルと呼ばれている。
出典: castres-olympique.com · castres-olympique.com (2) · top14.lnr.fr (新しいタブで開きます)